寅さん映画はなにから見るか(『男はつらいよ』最良の4本その他)

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 その昔、盆と正月の風物詩だった映画『男はつらいよ』はやがて年1回の興行となったが、それでも、全48作もシリーズが作られた。なつかしい気持ちで見るならともかく、あらためて、寅さん映画がなぜそれほど人気があったのか、魅力を知ろうと思って見ようとすると、数が多すぎて、どの作品から見ればいいか、とまどってしまう。で、わりに最近のやつから見ようなんてすると、びっくりするくらいつまんなかったりする。

第1作『男はつらいよ』
 (1969年8月公開)

 最初の作品だから、ということではなく、これがいちばんフツーにおもしろい。おもしろくなければ、シリーズにならないわけで、もともとは山田洋次監督が言ってるように、これ1作の予定だった。はじめはTVドラマのシリーズで、それも、大ヒット作というわけでもなく、最終回がおわってから、話題になったというもの。この映画版は、
「労働者諸君!」
 のセリフにおかしさが集約される。

第2作『続・男はつらいよ』
 (1969年11月公開)

 寅さん映画は渥美清という役者のおかしさを見るための映画だ。この第2作のストーリーは『瞼の母』のパロディだが、そうした部分が強調されることはなく、べつに元ネタを知らなくても、見るのに、こまりはしない。渥美清がコメディアンとしての本領を発揮するドタバタ演技に、マドンナ役・佐藤オリエの笑いが止まらなかったという撮影エピソードが残っている。
「落っこっちゃった……」

第6作『男はつらいよ 純情篇』
 (1971年1月公開)

 最初の1年で5作も公開されたシリーズは、ここでマドンナに若尾文子を迎え、森繁久彌も出演している。つまり、作品のスケール(お金のかけ方)が大きくなった。松竹が寅さんでとことん稼いでやろうと決めたことがわかる1作。内容的には、無限のくり返しになっていく。
 第8作からは、年末(=お正月)と8月第1週(=お盆)に新作を公開するというローテーションが定着した。

第15作『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』
 (1975年8月公開)

 『日本映画 ぼくの300本』で双葉十三郎が「いちばん好きだった」と代表作にあげている。マドンナが寅さん映画史上最良と定評のある浅丘ルリ子。第13作『寅次郎忘れな草』につづいての登場だ。このあと、さらに第25作でもマドンナをつとめ、第48作にも顔を出す。寅さん映画はもとはヤクザの変種で、公開時でもすでに古い風景だったタンカ売を見せる。そういう世界にドサまわり歌手のリリーは合いすぎてる気がする。

第30作『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』
 (1982年12月公開)

 このころから、渥美清の体調が悪化し、寅さんの精彩がなくっていく。ストーリー的には、ゲストの恋物語が中心となる。この回は人気スター・沢田研二が出たことによって、興行的にはもち直した。

  ⇒ 沢田研二と田中裕子は寅さん映画で出会った

第32作『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』
 (1983年12月公開)

 後期の寅さんでは、最もおもしろい。笑わせるという点では、全体でもベスト3に入る寅さん的コメディの特徴がよく出た作品。岡山県の備中高梁にあるお寺を舞台に、寅さんがニセ坊主に扮する。和尚役で2代目おいちゃんの松村達雄が出ている。若いカップルが中井貴一と杉田かおる。マドンナが竹下景子。チャップリン映画で最も出来がいいとされる『黄金狂時代』はハッピーエンドだが、このときの寅さんも完全には失恋していない。

第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』
 (1995年12月公開)

 シリーズ最終作。渥美清の体を思いやる人情が松竹にあったら、もっと早くに終了していてよかった。86年と88年には、お盆の寅さんはなく、90年代に入ってからは年1作となった。第42作から第45作まで甥っ子のマドンナ役として連続出演していた後藤久美子が顔を見せ、寅さんのマドンナ役ではリリー・浅丘ルリ子が4度目の登場。ロケ地は神戸で、この年の1月にあった阪神・淡路大震災が作中に取り入れられている。