映画の中でも、好きキライの分かれるのがミュージカルだ。そこで、これからミュージカル映画を見はじめよう初心者向けにこれならば、見て損はないはずという12本を挙げる。
とくに、最初の9本はミュージカル映画史に残る作品で、これらを観ずにミュージカル映画ファンは名乗れないという代物。それでいて、ファンでなくとも楽しめる側面がある。
そもそも、ボク自身が大のミュージカル好きというわけではない。大のコメディ好きであって、そういう人間が観てもおもしろいと感じられる作品を選んである。
『ウエストサイド物語』を機に増えた社会問題を扱っているような作品は入っていない。また、トーキー初期のオペレッタ風の作品も取り上げなかった。以下、年代順に──
有頂天時代
『Swing Time』(1936)
■ジョージ・スティーヴンス監督
30年代のミュージカル映画は、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズのコンビに尽きると言っていい。だから、このリストでも、30年代からは彼らの作品1本に代表させた。気に入った人は、アステア=ロジャーズ作品を次々と観ていけばいい。
数々ある映画の中で、アステアの代表作は『トップ・ハット』とされる。が、この『トップ・ハット』は、観るのがむずかしい。そこで、その次の『有頂天時代』を挙げておく。
この作品はミュージカル以外のストーリー部分もボク好みで、アステア演じる主人公がヒロインと街で〈出会う〉ためのピカレスク風の工夫が微笑ましい。さらに、あとをつけていって、ダンス教室の講師と知ると、ダンスを踊れないフリをして生徒になるという無邪気な展開。
それでいて、ミュージカル・ナンバーには、凝った演出のものもあるので、なるほど、オーソドックスなミュージカル映画とはこういうものか、と堪能できる。宝塚歌劇や劇団四季みたいなものをイメージしていた人は裏切られるはずだ。白黒映画に抵抗のない人はぜひ。
イースター・パレード
『Easter Parade』(1948)
■チャールズ・ウォルターズ監督
食わずギライだったミュージカル映画に対し、「おもしろいやつは、おもしろいじゃないか」と目を開かせてくれた作品。主演が洗練されたミスター・ミュージカル=フレッド・アステアだったことが大きい。
アステアの美点は、タップやダンスの見事さだけではない。表情や立ち居振る舞いにユーモアが含まれていること。ボクがジーン・ケリーをそれほど好きになれないのは、運動神経で踊っているように見えるからで(ある種の人々にとっては、それこそ王道だろうが)、そのアクロバティックな動きはむしろ、『三銃士』のような非ミュージカル(=アクション)映画でこそ活かされていると思う。ボクの好みは優雅なアステアの方にある。
じつは、撮影時、映画スターとしては落ち目だったアステアは、この作品でセルフ・パロディのような役を演じ、結果、作中人物同様、現実のアステアもスターに返り咲いた。
ボクがお気に入りは、ジュディ・ガーランドと浮浪者になる「A Couple of Swells」で、これだけ単体で見ても楽しめるはず。
ストーリーもわかりやすく、最高傑作とされる『バンド・ワゴン』よりも、こっちの『イースター・パレード』の方がボクの好み。これを見て、ボクはタップをやりたいと思ったのだ(やんなかったけど。諸般の事情で)。
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踊る大紐育
『On the Town』(1949)
■ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン監督
ミュージカル史には、踊りを路上に開放したという点で画期的な作品とされる。それだけをたよりに観た。というのも、ストーリーの紹介を読むかぎり、3人の水兵がニューヨークで1日の休暇をすごすだけの話だからだ。
たった1日の休暇だから、満喫したい。若い水兵だから、女の子と遊びたい。というわけで、それぞれが女の子と出会って……という単純で、たあいのないストーリーなのだが、これがおもしろい。ミュージカル的趣向などそっちのけで、最後まで楽しめた。
アニーよ銃をとれ
『Annie get your gun』(1950)
■ジョージ・シドニー監督
傑作の誉れ高いミュージカル映画でありながら、長らくソフト化されなかった幻の作品で、DVD化されたときは、さっそく観たものだ。そして、ものの見事におもしろかった。この映画に関するかぎり、ミュージカルはつまらない、というのはウソである。ヘンな理屈をつけて、ミュージカルを見ない人間は愚かということになる。
しかも、曰くつきの作品で、もともと主演予定だったジュディ・ガーランドが倒れた。ミュージカル界のプリンセスと言っていい人のあとを受けられる女優など、いるはずがない。ところへ起用されたのがベティ・ハットン。まあ、そのコメディエンヌぶりたるや、ジュディ・ガーランドには申し訳ないが、よくぞ倒れた。
ベティ・ハットンの野生児ぶりがあまりにも愉快なので、これ以外のベティ・ハットンは見たくないと思うほど。逆に、このベティ・ハットンならもっともっと見たい。あの双葉十三郎も「八割はベティ・ハットンの魅力」と評している。
通常、まだ観ていない人に向けて、これはおもしろいよとハードルを上げすぎるのは逆効果なのだが、ベティ・ハットンにかぎっては越えてくるはず。だって、ボクの場合がそうだったから。
雨に唄えば
『Singin’ in the Rain』(1952)
■ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン監督
ミュージカル映画と言えば、というほどの代名詞的名作。アステアと並び称されるミュージカル・スター=ジーン・ケリーの代表作でもある。
なるほど、ミュージカルにピッタリの題材と思う。サイレントからトーキーに切り替わる時期のハリウッドを舞台に映画製作の裏側を描いている。
じつは、撮影所の風景をギャグにしたコメディというのはたくさんあるのだが、この作品では、〈いざトーキーになると、ヒロインがすごい悪声〉というのがストーリーの肝になっていて、古いドタバタ・コメディとは一線を画している。
ミュージカルとしては、ジーン・ケリーが土砂降りの雨の中で歌い踊るタップのシーンが名場面として語り草になっている。
バンド・ワゴン
『The Band Wagon』(1953)
■ヴィンセント・ミネリ監督
ミュージカルというのは、もともと舞台のものである。ご存じブロードウェイで花開いた芸能だ。それをスクリーンに映したのがミュージカル映画なわけだが、中には、シネ・ミュージカルと呼ばれるような映画独特のミュージカル表現を目指した作品がある。
そういうザ・ミュージカル映画と呼ぶべき作品を世に出していったのがMGMという映画会社のプロデューサー=アーサー・フリードだった。そのアーサー・フリードがフレッド・アステアを主演にして作り上げた最高峰がこの『バンド・ワゴン』だ(同名の舞台があって、それにもアステアが出ていたが、ほとんど別物)。
アステアはそのまま芸人役で、仲間とミュージカルの公演をするが失敗し、立て直して、成功する──というストーリーはあってなきがごときもの。のちのミュージック・クリップ集みたいなもので、舞台で演じられる(という設定の)ミュージカル・ナンバーを次々と見せていくのが眼目。
したがって、ミュージカル・センスのない観客が観るのは苦痛でしかないだろう。といっても、軽快なナンバーや愉快なナンバーもあるので、リラックスして見られれば、退屈はしない。ショウの白眉は、アステアとジャック・ブキャナンによる「プランを変えねば」で、作家の色川武大はこれをヴォードヴィル芸のベスト3の中に入れた。芸事の好きな人間には、たまらないごちそうだ。
野郎どもと女たち
『Guys and Dolls』(1955)
■ジョーゼフ・L・マンキーウィッツ監督
原作がハリウッドにずいぶん貢献したデイモン・ラニアンの「The Idyll of Miss Sarah Brown」と「Blood Pressure」。ラニアンおなじみのギャングたちの生態をコミカルに描いたストーリーをミュージカル仕立てにした映画。「名優」として熱狂的なファンも多いマーロン・ブランドが主演している。
彼が歌う姿が見られるってのが珍しく。サラ・ブラウンを演じるジーン・シモンズとの「もしも私が鐘ならば」というフレーズがある。
フランク・シナトラも出ている。これを見るまで、個人的には、『ゴッドファーザー』に出てくるマフィアとつきあいのある歌手のモデルという程度の認識で、歌手としてどうすごいのか、ピンとこなかった。俳優として映画にもたくさん出ているシナトラだが、この『野郎どもと女たち』では、いちばんよいころの彼が見られる。
くたばれ!ヤンキース
『Damn Yankees』(1958)
■ジョージ・アボット、スタンリー・ドーネン監督
これは『春の珍事』系列の奇想天外映画。悪魔と契約してべつの人間に変身し、ちがう人生を送るという有名なファウスト物語の主人公を野球狂に置き換えたもの。新しい姿でひいきのチームに入団し、活躍して優勝に導こうとするのだが、悪魔は自分の企みを隠しており……さて、どうなるか。という話だが、振り付けをボブ・フォッシーが担当しているため、ミュージカル映画としての評価も高い。
現代の目で見ると、多少、かったるいところもあるが、ブロードウェイ・ミュージカルとしても成功している作品。
マイ・フェア・レディ
『My Fair Lady』(1964)
■ジョージ・キューカー監督
大作的なミュージカル映画を見た、という気になれる一品。もとは舞台で、主演があの教科書的ミュージカルの金字塔『サウンド・オブ・ミュージック』(「ドレミの歌」が出てくる)でヒロインを演じたジュリー・アンドリュースだった。にもかかわらず、映画版はオードリー・ヘップバーンが主演した(ただし、歌は吹き替え。この扱いにオードリーはひどく傷ついたという)。が、観客としてはオードリーの方がありがたい。
なぜなら、この作品はミュージカル映画を苦手とする人が退屈するシーンが少々あって、おもしろいのは、舞台のさらにもとになっているピグマリオン的部分──下町の娘が言葉を直され、貴婦人としてふるまえるようになるところ──だからだ。イギリスの上流階級と競馬の関係など興味深い描写もある。
ボクの感想は、もっと退屈するとか思っていたら、意外におもしろかった、というもの。
ローマで起った奇妙な出来事
『A FUNNY THING HAPPENED ON THE WAY TO THE FORUM』(1966)
■リチャード・レスター監督
斬新な演出で、ビートルズ映画などを撮っていたレスター監督の手になるミュージカル映画の珍品。いわゆる名作ではないが、楽しい気分にさせてくれる。古代ローマが舞台という点がまず変わっている。自由を求める奴隷たち、というのがストーリーの骨子だが、思想的政治的色合いはないと言っていい。息子をさがし求める老人(バスター・キートン)が見物。もの好きな方だけ、どうぞ。
ダウンタウン物語
『Bugsy Malone』(1976)
■アラン・パーカー監督
ミュージカルと言わず、これまで見た洋画の中で、ベスト3に入れてもいいくらいハマった作品。〈名作〉なんて言葉は似合わない楽しい映画。
子供たちがギャング同士の抗争を(表向きはマジメに)演じるという珍品。いかにもありがちなストーリーの中に、こまかいギャグが仕込んである。笑わせる側はけっして笑てはいけない、という芸の基本を忠実に守っていて、最後の最後、なんちゃってねーという感じで、ハッピーにおわる。
曲としては、黒人の少年が歌う憂いのこもった「Tomorrow」が好き。その昔、ビデオデッキに録画した映画からこの曲だけをカセットテープにダビングして何度も聴いた。何年も後に出た長いメイキング付きのDVDも当然、全部観た。
ブルース・ブラザース
■ジョン・ランディス監督
『The Blues Brothers』(1980)はミュージカル・コメディに分類されているが、歌い入り喜劇と考えた方がいい。アメリカの人気番組『サタデー・ナイト・ライヴ』でジョン・ベルーシがダン・エイクロイドとやっていたコントの設定が土台となっている。2人がジェイクとエルウッドという義兄弟役となってバンドを再結成する話。
なので、音楽をやるシーンが自然で、セリフが歌になるオペレッタ式のシーンはない。唯一、それらしいのは、マット・マーフィの妻が夫がバンドに参加をするシーンだが、これは「考えろ(考え直せ)」という叱責に合わせて、知ってる歌を歌い出したら、まわりにいた女たちも乗っかって……と解釈できる。なにせ、演じるアレサ・フランクリンの持ち歌「Think」なのだから。これで、アレサ・フランクリンをはじめてちゃんと見たボクはレコードを借りてきて、すっかりファンになった。
他にも、ジェームス・ブラウン、レイ・チャールズ、キャブ・キャロウェイなど錚々たるメンバーが歌を披露する。歌わないがツイッギーもチラッと出るし、ジェイクを追いまわす謎の女をキャリー・フィッシャーがやっている、などなど出演者も多彩。
使われている音楽はどれも魅力的だが、いわゆるミュージカル映画として評価されているわけではない。古き良きスラップスティック・コメディ(ドタバタ喜劇)の精神を再生したところがウケた。
たぶん、ボクが人生で2番目に好きな外国映画。ブルース兄弟のスタイリッシュなたたずまいには、メチャクチャ影響を受けた。
ちなみに、映画の邦題は『ブルース・ブラザース』となって最後の「ス」が濁らない。一方、映画以外にもライヴ活動をしているが、そのさいのバンド名の日本語表記は〈ブルース・ブラザーズ〉となっている。
●まとめ
『イースター・パレード』
『踊る大紐育』
『アニーよ銃をとれ』
『雨に唄えば』
『バンド・ワゴン』
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