『金魂巻』は80年代を代表する笑いの文学だ

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 1980年代の日本を代表する文学作品を1冊あげろと言われたら、文句なしに『金魂巻』をあげる。好きな作家の好きな作品は他にもあるが、時代を象徴していて、文学的にもすぐれているとなると、これしかない。
 といっても、『金魂巻』は小説ではない。
 ジャンル分けのむずかしい作品だが、まあ、いちおう、エッセイの部類か。ユーモア・スケッチの新種だが、イラスト入りなので、文学と認めない輩もいるにちがいない。

 これは世の中にあるさまざまな職業を取り上げて、そこで働く人々を「マル金」と「マルビ」の2種類に分けたものだ。その分野で成功している金持ち(マル金)と成功していない貧乏人(マルビ)を典型的なひとりの人物に代表させて、生態を対比している。もともとは、複数の人物に取材して作り上げた架空の存在だが、
「こういうやつ、いるいる」
 という細部に満ちあふれている。

 その細部は主に、ヘタうま調のイラストにあらわれる。たとえば、マル金のカメラマンだと、こういう服装をして、こんな時計をしてというのがブランド名込みで描かれているから、パラパラながめているだけでも、おもしろいし、わかったような気になる。作中、特定の職業や人物を攻撃することはないが、読者の中にある違和感やなんかイヤな感じをじゅうぶん刺激する、からかいの眼差しがつらぬかれている。

 笑われるのは、マル金だけでなく、マルビも同様で、笑えるからこそ泣ける項目もある(たとえば、「弁護士」の項)。身近な職業から憧れの職業まで、徹底取材で裏側をあばいている。夢を追う若者に反対する大人も多いが、反対などしなくても、マルビの姿を見せればいいのだ。活用法はいろいろあるが、文章の第一目的は笑わせることであって、このベストセラーは企画段階で、何社からもことわられたという。

 ところが、ヒットし、流行語になると、もっともらしく解説する輩が現れ、『金魂巻』は、「カタログ文化」を象徴していると言われた。出版されたのは84年。雑誌などでは「モノ」が語られていた。1980年の文学的事件は、ブランド名にあふれ大量の注がついた小説『なんとなく、クリスタル』のミリオンセラー化であり、89年の社会的事件は「おたく」だった。また一方で、「漫才ブームとその後」の時代でもあった。
 
 
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