1989年07月発売のヒット曲と話題

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プリンセス・プリンセス「世界でいちばん熱い夏」

 作詞:富田京子/作曲:奥居香
 (75万枚/年間2位)

 プリプリの最大ヒットは、堂々年間チャート1位を記録した「Diamonds」の方だが、タイトルのインパクトからか、人々の頭に残ってるのはこっちじゃないか。リリース感覚が4月→7月と昔のアイドル並みに近かったこともあり、
「♪ダイヤモンドだね~」
 という、あまりにも直球なサビをこの歌のサビとゴッチャにしてる人もいるかもしれない。

 曲調も似たようなもんで、いかにも売れ線な……ということは、あとから言えることであって、こういうノリのいい曲が支持されるのはそれまでの常識ではなかった。ノリがいいだけで、コミックな要素はない(だから、あとあとの印象はうすいんだけど)。後追いでファンの増えた「M」みたいなバラードがそれまでの歌謡界でのヒットの常識だった。

 いわゆるバンドブームをせまい範囲で規定すれば、89~91年になるのであって、バンドが土地や株のような投資先と考えられ、大量の資本が音楽業界に流れ込んできた。バンドブームはあらゆるブームがそうであるように否定的に語れることが多い。けど、あの時期、やたらにぎやかで、おかげで楽しいバンドがたくさん陽の目を見たのもたしかなのだ。この歌はそういう〈夏気分〉を象徴する歌と言っていい。オーバーグラウンドでは、バンドブームというのは、あくまでプリンセス・プリンセスのことだったのだ。

 彼女らの成功によりアマチュア・バンドをはじめる女の子が大量に増えた。
 
 

ZIGGY「GLORIA」

 作詞/作曲:森重樹一
 (31万枚/年間19位)

 いったい、何人のバンドマンがこの夏、この曲をコピーしたことだろう。ボクはバンドブームを象徴する1曲だと思っている。

 このわかりやすいメロディ、まったくクセのない詞、簡単に演奏できて、みんな知ってる……表現したいものがあるのではなく、バンドをやることが目的だった男どもには、かっこうの1曲であった。

 ZIGGYをコピーしてるアマチュア・バンドマンたちが、最も力を入れていたのは、演奏でも作詞作曲でもなく、髪型だった。人類はどちらかというと雌が着飾る傾向にあるのだが、彼らは練習よりはるかに多くの時間をダイエースプレーで髪の毛を立てることに費やした。色とりどりの姿はまるで孔雀の群れのようであった。

 いちばん最初がだれか知らないが、とにかく、大物が、
「オレだって、もともとバンドをはじめた動機は女にモテたかたからだよ」
 ということを言って、ボクもはじめてそれをTVで聴いたときは、カッチョいいと思ったが、このごろは、雑誌にはじめて取り上げられた半分アマチュアみたいなバンドが恥ずかしげもなく、その言い回しをマネていた。

 よくは知らないけど、ZIGGYって、男のファンも多かったんじゃないかなー。バンドブームのコミカルな方面は、たぶん、女性ファンが支えてた。彼女らは思い入れをするための差別化を要求するので、どんな奇態な連中でも受け入れる。しかし、男は自分がやってカッコつけられないといけないから、好きになれるバンドが限定されてくる。

 いまでは、すっかり忘れられた感のあるZIGGYは相当メジャーなバンドだった。彼らが忘れられた原因はGLAYの成功と時の流れだ。

 時の流れなんてあたりまえに聞こえるかもしれないが、いまではバンドブームというのが拡大解釈されていて、レベッカやBOφWYの登場でロック市場が拡大していった80年代中期以降の流れを含んでしまう。そのことが彼らの存在をうすくしたって意味だ。じっさいは、その時期から見ても、バンドブームだった。ギターを手にした人間の数がぜんぜんちがう。

 ところが、90年代にGLAYが大成功したことで、歴史は源流のBOφWYに直結され、過程が省略されてしまってる。GLAYがバンドブーム期に活動しはじめた連中だけによけい、そういう印象になってしまう。

 BOφWYはもちろん男支持も高かったが、引退した連中であり、ソロ活動してるとはいえ、現在進行形のバンドを押さえている必要もあり(カラオケで新曲を知らないのとサマにならないのと同様)、そういう需要がZIGGYを支えていた。
 
 

PSY・S 「ファジーな痛み」

 作詞:松尾由起夫/作曲:松浦雅也

 不思議な雰囲気が売り。ヴォーカルのチャカはおなじレーベルだった岡村靖幸のシングルにコーラス&セリフに参加したりしていました。〈ファジー〉というのは時代の流行語で、電化製品のメーカーが宣伝した。あいまいの概念をコンピュータに理解させることができるようになったというもの。
 
 
●光GENJI「太陽がいっぱい」

 作詞/作曲:大江千里
 (68万枚/年間4位)
 
 
●Wink「淋しい熱帯魚」

 作詞:及川眠子/作曲:尾関昌也
 (54万枚/年間7位)
 
 
■音楽Topic 1989.07

 10日。原田知世主演の映画『彼女が水着に着がえたら』公開。サザンの曲をフィーチャー。

 11日。中森明菜自殺未遂。80年代後半を代表する人気歌手のリストカットに芸能界は大騒ぎになった。しかも、手首を切った場所が恋人=近藤真彦の部屋だったという二重のスキャンダル。大物のトラブルとあって、報道も煮え切らなかったような。原因は彼が結婚に対して煮え切らない態度だったからとか。

 27日。任天堂のRPGゲームに『MOTHER』(マザー)発売。糸井重里がプロデュースした。本作と続編の『MOTHER2 ギーグの逆襲』の楽曲を田中宏和と連名で手がける。前者で使用された「エイトメロディーズ」は音楽教科書に採用されたこともある。

 29日。宮崎駿監督『魔女の宅急便』公開。

 カルピスの黒人マークは人種的見地から廃止された。
 
 
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