B&Bの漫才奇想主義

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 成功したのを見て、あとからホメるのも、ケナすのとおなじくらいバカげたことだ。手柄でないことまで手柄のように言うこともしたくない。ジーパンで舞台に立ち、アイドル的人気があった漫才師ということなら、大阪には、カウス・ボタンがいた。ただ、Tシャツまで売り出してキャラクター・ビジネスのようにしたのはB&Bだけど。

 知ったかぶりして、B&B以前にもこんなコンビがいたと言い立てるのも意味がない。

 ほとんど1人でしゃべるというなら、人生幸朗のボヤキ漫才だってそうだ。どんな芸術であれ、純粋なオリジナルなどありえない。洋七自身、ヒントにした芸人がいたことを認めているが、そのコンビは売れなかった。なにかがたりなかったんだ。

 先行者や助言者がいようが、コンビ名がディスコのパクリだろうが、それらを自分なりに消化し、洗練させ、「B&B」という商品にしたのが島田洋七なのだ。

 そのやり方を紳助とビートたけしがマネたから、潮流でき、洋七も企画にかかわったという『THE MANZAI』の見せ方がハマって、ブームが起きた。

 いったんブームとなってしまってからは当人たちにも手におえないほど広がっていく。しかし、最初に火がつくには、なにか核となるものがあるはずなのだ。なぞなぞネタにおけるナンセンスの連鎖などは古い漫才よりも当時のギャグマンガのセンスに近い。

 なにより、笑いに敏感な子供にとって衝撃だったのが、洋七が貧乏な生い立ちを語ったネタだった。

「『バアちゃん、腹へったー』って言うたら、バアちゃんが『気のせいや』って」

 大げさに言えば、このときから、世界はあり方を変えたのである。

 気のせいって……

 言葉ひとつで現実がウソになる。これは文学史で言う奇想主義に近いものだ。
 
 
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