小林旭「ついて来るかい」

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 ○作詞:遠藤実
 ○作曲:遠藤実

 1970年12月発売(31万枚/翌年25位)
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 ♪ついて来るかい過去のある僕に

 まさに、過去があるんである。『朝日ジャーナル』(71/10/22号)に小林信彦が寄せた文章で、
「さいきん、急に、小林旭の映画を見たい、という声が多くなってきたのは、一般的には、おそらく、『ついて来るかい』という歌のヒットによるものであろう。だが、私の場合、日活の実質的製作停止によるショックが大きいのだ。(中略)へへえ、これがいいのですか、というほどのものであった」
 と対比されるのは「さすらい」である。
 大瀧詠一によると、日本初の成功したロックンロール・オリジナルは1958年11月発売の「ダイナマイトが百五十屯」ってことになってる。
 が、それよりも、強力なラインナップがある。
 59年10月にはじまった映画、渡り鳥シリーズはアキラ人気を決定的にし、設定のたいしてちがわない流れ者シリーズというのが平行して作られた。そのとき、歌う映画スター=小林旭のために主題歌として用意されたのが「ダンチョネ節」(60・02)にはじまる民謡シリーズである。
 これは元歌があったりはするが、アレンジが斬新で(くわしくは、大瀧詠一の解説を読むように)、さらに歌詞はまったくのオリジナルか、それに近い形に変えられている。
 カヴァーされるなどして比較的有名な「ズンドコ節」(60・06)はその初期に位置する──もともとB面だったけど、A面よりウケた──が、あれは歌詞だけみれば青春歌謡である。
 しかし、アキラ民謡の偉大さはあんなものではない。
 歌唱、曲、詞ともども、ボクがのけぞったのを3曲挙げておく。いまは1枚のアルバムで聴けるから、ぜひ試してみて欲しい。〈民謡〉という言葉から想像されるのとはまったくちがう世界がくり広げられるから。

 60年7月「ツーレロ節」
 60年8月「ノーチヨサン節」
 61年7月「アキラのラバさん」

 この後、歌の傾向はツイスト・シリーズなどポップス系へ移行する。真に歌のうまい歌手はなんでも歌えると、大瀧詠一は言っている。美空ひばりは小林旭に歌のダメ出しをされて、ショックを受けたそうだ。

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