○作詞:河野洋
○作曲:宮川泰
○編曲:宮川泰
1970年12月発売(万枚/年間位)
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1958年春の新宿コマ劇場〈これがロカビリーだ!〉は渡辺プロを一躍有名にしたことで知られるが、クレイジーキャッツ初期の集大成的舞台ともなった。
フジテレビ『おとなの漫画』から日本テレビ『シャボン玉ホリデー』に進出したクレイジーキャッツは「スーダラ節」(61・08)のヒットで国民的スターとなり、植木等主演の『ニッポン無責任時代』など次々と映画が作られていくことになる。
音楽にとどまらず、文化に大きな影響をあたえた点で、彼らこそ〈日本のビートルズ〉の称号がふさわしい。
あいにく、ボクは長い間クレイジーキャッツの本領を知らずにきた。
70年は7月にクレイジーキャッツ「全国縦断・追っかけのブルース」(作詞:毛利久/作曲:宮川泰)が出ている。これがブルース・ブーム(?)と関係あるのかどうかは知らない。服部良一以来の日本のブルースの流れでどういう位置にあたるかは大瀧詠一にでも聞いてくれ。
つづいて、12月に「アッと驚く為五郎」が出ているので、知らない世代はまだまだ最盛期だったと誤解するかもしれない。
ちがう。68年にクレイジーキャッツのシングルは1枚も出ていない。69年は7月に「あんた/ウンジャラゲ」があるけれども。これは意図的に休んだとかではなくて、惨敗の結果である。
植木等のソロがB面になっている70年の2枚はかつての人気とはちがうきっかけで出たと考える方が自然だ。なにかと言えば、『ゲバゲバ90分』である。
コントの合間に、ヒッピーに扮したハナ肇が、
「アッと驚くタメゴロー」
と叫ぶのが、流行語になった。このあと、
「なぬっ?」
とつづけるのだが、これがホントォにおもしろい。
しかし、音楽面から考えた場合、こんなもんで、クレイジーキャッツを知ったと思ったら、大まちがい。やはり60年代初頭の「遺憾に存じます」(65・11)あたりまでの青島幸男/萩原哲晶コンビによる名曲の数々を。
「スーダラ節」はちょいちょいTVでかかるけれど、あれは昔の流行歌として聞き流してしまう危険性がある。クレイジーキャッツはちゃんとCDで聴く方が夢中になれる。
とくに強力なのがのが62年7月のシングル「無責任一代男/ハイそれまでヨ」だ。「無責任一代男」は代表曲だし、B面の「ハイそれまでヨ」がいい。B面の名曲どころではない。ラジオで聴いたときはたんなるウケねらいと思ったけど、ちがった。すごい。